酔いしれる情緒
攫われました。
「赤字だ」
「……………」
朝。出勤と共に放たれた言葉がそれだった。
「おはよう」ではなく「赤字だ」を私の顔を見ながらそう言ってきた店主。
その顔はただのバイトである私に助けを求めるかのような。
「最近また寒くなってきたからかなー…。
みんな外に出たがらないのかも。
あと電子書籍が今流行ってるんだってね?
尚更買いに来ないわけだ。」
そして店主はパソコンの画面(たぶん電子書籍を販売してるサイト)を見ながら、どこか遠い目、現実逃避をするかのようにこう言う。
「どうにかならない?」
「って言われても」
朝からこんな難題をぶつけられるなんて
誰が予想できただろうか。
まずバイトに聞くなよ。そう思いながらもエプロンを身につけてぐるぐると何か方法はないかと考える。
けど、朝だし、まだちゃんと脳が起きてないからか考えが全く定まらない。
「おはよっす~…って、どうしたんすか?」
不穏な空気が広がる休憩室で眠そうに目を擦りながら入ってきた慎二くん。
眠そうでありながらもその空気感は感じ取れるらしい。
「今月赤字なんだって」
「え。まじっすか。
確かに最近客数減ってるっすもんね~
暇すぎて窓拭きばかりだし。」
だから今日は手袋持ってきたんすよ!と、慎二くんは誇らしげにカバンの中から手袋を取り出した。
毛糸で出来てそうだけど、それで窓拭きをするつもりらしい。びっちゃびちゃになりそう。