酔いしれる情緒
「店長は何見てるんすか?」
「電子書籍のサイトをちょっとね」
慎二くんは「あ~」と呟きながら誘われるようにそのパソコンを覗き込む。
「俺の友達もほとんどそれで読んでるみたいっす。携帯で読めるとなると本を持ち運ぶ必要も無いし気軽に読めるから良いって!」
「そう言われると反論する言葉が見つからないなぁ」
「まあ今はスマホ中心っすもんね~。スマホがあればなんでも出来るし。情報とかも全部そこから──…っあ!!!!!」
二人の会話を耳にしながら鏡の前で身だしなみを整えていた私だけど、突然慎二くんが大きな声で叫ぶからビクッと肩が跳ねた。
振り向くと、慎二くんは私の顔を目と口を大きく開けながら見ている。え、なに。
「安藤さん!!!!」
「なに…うるさっ」
早く言えと言わんばかりに眉根を寄せてみる。
朝からよくそんな大きな声が出るなと嫌味ありで褒めてあげたいが、
「確か安藤さんって『一ノ瀬櫂』のファンっすよね!?前に舞台挨拶とか来てたし!!!」
「だからファンじゃないって」
「その一ノ瀬櫂が今日ツイッター上でトレンド入りしてたの知ってるっすか?!」
なぜか興奮気味の慎二くんは私の返答を綺麗にスルー。もはや聞く耳を持っていない。
そして、
「『熱愛疑惑』そう入ってたっすよ!!!」
「………………」
「相手の人の名前も上がってたんすけど、俺その人知らなくて調べてみたらなんか女優さんみたいで───」
─────残念ながら、
そこから先は何も覚えていない。
慎二くんの話は私の記憶上そこで終わった。
確か慎二くんは開店準備をしながら(ほぼ手を動かさずに)一生その話をしていた気がするけど、気になるその続きは私自身が聞く努力をしなかったため知らずに終わった。
開店準備が間に合わなさそうだから必死だった。とか、そんなんじゃなくて。
ただ
『一ノ瀬櫂の熱愛疑惑』を耳にした途端に
私の頭はそこでシャットダウンした。