酔いしれる情緒
準備を一通り終わらせて無事時間通りに開店。
もちろん最近暇なだけあって開店してもお客さんが入って来ることはなく、暇な時間だけが過ぎていく。
私は本の紹介ポップの作成。
やっと黙った慎二くんは朝言っていた通りに手袋を付けて窓拭き。
店内から見ても鼻歌をうたってそうなのは丸わかりで、絶対寒いはずなのに慎二くんはどこか楽しそうだ。
そして店主は未だに休憩室から出てこない。
何をしているのかは知らないけど、まあ、これが普段通り。
暇な時はそれぞれこうやって時間が過ぎるのを待つ。
店内に流れるBGMはあの頃と違って少し変わった。
店主が最近アップテンポの曲にハマりだしたみたいで、それと共にBGMもアップテンポな曲調のものに変わった。
本屋に合ってるかと言われれば合ってない気がして仕方がないけど、お客さんがいない今はもうこれでもいいかと雑な考えになってしまう。
これが原因で客足を減らしているかもしれないのに。
「…………………」
そんな誰もいない店内で私は紹介ポップの紙をずっと眺めていた。
書く気になれない。
仕事中なんだから働かなくちゃいけないのにまるで手が動かない。ペンは握ったままで走らせようという気がない。
赤色とか青色とか黄色とか。紹介ポップ用の画用紙には様々な色合いがあるというのに、私がずっと見つめているのは真っ黒の画用紙。
その画用紙に黒色のペンで紹介文を書こうとしている。
いや読めないだろ。と、
そう気づくのには酷く時間が掛かった。
(………なにしてんだろ)
今の私、相当馬鹿馬鹿しいな。
握ったままのペンを置いて椅子の背もたれに深く背を預ける。そして天を見上げた。
照明の明るさが一気に瞳に飛び込んでくると条件反射でギュッと目を閉じる。
するとそこから何かがじわりと溢れ出そうになった。
欠伸が出たことにしておきたいけど、残念ながら眠気はゼロ。
どうやら涙腺が緩くなっているらしい。