酔いしれる情緒
「はい、どうぞ」
「…………………」
どうしよう、完全にデジャブだ。
トレーの上に置かれたのはお札でも小銭でも無く、1枚の名刺。財布にしては小さすぎると思っていたけど案の定あれは名刺ケースだったらしい。
いや要らんし。
「どうせ捨ててますよね?
だからまた新たに渡しておきます」
「………………」
捨てたこと、何故かバレてる。
その事実にゾッとした。
家の中に監視カメラかなんか付けられてんのかな。
「ちょうど最近新しくしたところなんで」
「シンプルで見やすくなったでしょう?」と。前のやつがどんな感じだったか忘れたけど、このオレンジ色の名刺を見ては裏に紹介ポップ書いてやろうかなんて考えてしまった。
だってちょうどさっき同じ色の紙をクシャクシャにしちゃったところだし。
「紹介ポップ用に使わせていただきますね」
「出来たら安藤さんの手元に置いててほしいな」
「そうしたところで使い道無いんで。紹介ポップ用に使った方が利用価値ありますよ」
「いつまで経っても冷たいね」
「赤の他人ですから」
「そうでもないと思うけど」
橋本はまた笑う。今度は口角を上げてニヤリと音が鳴ってそうな。気持ち悪い。
「僕以外客はいなさそうだね」
「いませんけど見ての通り忙しいんです。だから無意味な会話を続ける人になんて構ってられません」
「気にせず仕事していいのに」
お前がいるから出来ないんだよ。
なんて言ってやりたい気持ちは山々だけど、
橋本が来る前から仕事という名の仕事をしていない。
どちらかというと、橋本が来たおかげで少し気が紛れている気がする。…ムカつくけど。