酔いしれる情緒


そして橋本は上着のポケットから千円札を取り出してトレーに置いた。



この人、財布持ってないのかな。





「150円のお返しでーす。商品そのままのお渡しで失礼しまーす」


「ああ、どうも」





ちょっとした嫌がらせのつもりで袋無しのまま渡してみたものの、橋本さんは嫌な顔ひとつ見せずにそのまま雑誌を受け取った。




「ありがとうございましたー。
そして二度とこないでくださーい。」


「そんなこと言って大丈夫?」





適当に選んだであろう雑誌を脇に挟んで余裕気に笑う橋本。



執拗い。早く私の前から消えてくれ。


そう思いながら言った言葉の数々。




けれど橋本は去る様子を一切見せない。


てゆーか1歩も動いてない。




割と大きな声で言ったからか、その会話が聞こえていたらしい店主が休憩室から顔を覗き込ませている。



その姿を横目に、私はそれ以上発することなく目の前にいる橋本を無視して紹介ポップ作りに取り組んだ。




そんな私に橋本は言う。





「じゃあ、僕は向こうの小説コーナーにいるから」


「………………」


「"聞きたいこと"があれば来てください」








『聞きたいこと』



その部分を何故か強調して、
橋本は奥の小説コーナーへと向かって行った。





聞きたいことなんて何もありませんけど?





あの人は一体何をしに来たのか、何が目的なのか。本当に考えが読めない。






一ノ瀬櫂の熱愛が出た今、





私はもう





その世界との関わりはないというのに。

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