酔いしれる情緒



ジッと見つめられては

ふいっと目を背けた。



逃げたわけじゃない。



私はただ、

許されない疑惑がある中で

コイツに堕ちてしまうのが嫌なだけ。





「………………」





再び視線は外へ。



いつもなら「目逸らすな」とか言って強引に目を合わせようとする春だけど、この時だけはそれ以上詰め寄ってくることはなくて。



私はアップテンポな曲調を耳にしながら外の景色を静かにぼーっと眺めてた。




聞かなければならないことは山ほどある。

けど、今はどうも聞く気になれない。



2人っきりで話がしたいってこともある。


だけど、それ以上に、

触れた手から感じるぬくもりがなんだか無性に懐かしくて心地好くて……失いたくなかった。



話を聞いて
事実を知って

もしそれが信じ難い内容だとしたら?



この感覚が崩れ落ちてしまう、

そうなるのが怖い。






外をずっと眺めていると次第に車の数は減っていって、今じゃずっと後ろにくっついていた車さえもいない。



なんだかとても静かな場所へと入り込んだみたいだ。





「すみません……撒いちゃったみたいです」


「あ、ほんとだ。」





由紀子さんも今やっとその事に気づいたみたいで、バックミラー越しに見える由紀子さんはなんだか申し訳なさそうに眉根を下げていた。




「今頃必死に探し回ってるんじゃない?」




春はクスッと笑う。





「由紀子さんさ、運転技術凄いから
いつもこうやって撒いちゃうんだよ」


「へぇ…」


「だから今までプライベートは撮られたことない」





その言葉にはもちろん違和感を覚えて





「いや……熱愛、撮られてるじゃん。」





今ここで聞くはずじゃなかったことを
つい、口にしてしまった。



だってやけに自信満々に言ってくるから。




ハッと気づいた時にはもう遅く、

春、それから由紀子さん

2人から視線を感じる。





最悪だ。空気を変えてしまった。



アップテンポな曲調に合わない空気感が車内に広がった気がした。

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