酔いしれる情緒


「で、それでなんだけど。」





春は再び私にそのヘアゴムを見せた。





「この部分が映ってたんだ。インスタにあげられた写真の中に。偶然映り込んだとかそんなんじゃなくて、相手が俺……というか、一ノ瀬櫂だってことが分かるように映されてるからたぶん故意的に。

まあ……売名行為ってやつだろうね。

誤解を招くようなものをこっそり世間にばらまいて、目をつけられ騒がれれば自分の名前が自然と世間に広がる。
断定は出来ないけど、相手はきっとそれが狙いだったんだよ。」





売名行為。



その言葉を聞くのは初めてで、


それが本当の話だとすれば……春もずっと悩んでいたのだろうか。



事実じゃないことを事実だという風に捉えられ、まくし立てられ。



否定したとしても少なからず疑う人も出てくるわけで、 100%信じてもらえるはずも無い。



一ノ瀬櫂はとある女優と交際している。



そのレッテルがずっと纏わりつくのだろう。





「例え利用されたとしても、前までの俺なら
仕事に影響が出ないなら周りにどう思われようと別にいいって、そう思ってた」





不意に私の顔を覗き込むと


その瞳いっぱいに私を映して





「……けど、今はそんな気持ち一切ない。

好きな人にだけは誤解されたくないから」





真っ直ぐ、そう伝えてくる。




信じて、と。



その目からも、言葉からも


まるで私に懇願するかのように。





信じていないわけじゃない。



少なからずそういう理由もあるかもしれないと、今まで何度そう願ってきたことか。




利用されるなんて春からすれば胸糞悪い話ではある。




けど、私からすれば、疑惑に対しての回答がそれで良かったと、そんな最低なことを考えてしまう。



だってその回答は交際を全面的に否定したことになるから。




不安の要素が、一気に無くなったんだ。

< 309 / 325 >

この作品をシェア

pagetop