酔いしれる情緒



「お疲れ様でした」




今日1日の労働も終わり、
「んー…」と伸びをして店を後にした。



(今日は家に帰れない、か)



お昼の休憩時間に届いたメールを思い出して、今日は自分の家に帰ろうと、来た道とは違う方へ足を動かす。


引っ越す準備、しなくちゃいけないから。


まだ何も準備できていないし、アイツの家には必要最低限の物だけしか持っていっていない。


アイツがいる時だと、

なんだかこの家に帰りにくいし。


帰るなら、帰ってこれないこの日がチャンスだと思った。







家に着くと、昨日がとても濃い1日だったからだろうか、久々ってほどでもないのにそんな感じがする。


カバンからキーケースを出せば、そこには二つの鍵が付いている。

どっちがこの家の鍵かなんて、分かりやすいほど。アイツの家の鍵はやけに高そうに見えるから。



鍵を開けて中に入れば、やっぱり落ち着くこの空間。




「はぁー……落ち着く。」




ドサッとベッドに飛び込んで、少しだけ休憩しようと思った。


今日はアイツが家に帰ってこないんだから、急ぐ必要なんてないし、休憩してからゆっくり準備を進めよう。


ゴロンと寝っ転がって、天井を見上げるように仰向きになる。



(………家に帰ってこれない仕事ってなんなんだろう)



ふと、そんな事を思った。


本当に、アイツのことは何も分からないし、知らない。


ただ顔が綺麗で整っているってことだけ。

あと、顔に似合わず強引だということ。


優しそうな顔をしているくせに、強引に物事を進めようとしてくる。それにまんまとひっくるめられている自分にも驚きつつあるけど。



(私って流されやすい女なんだな…)



今更そんなことに気づいた。



「あー…ねむっ…」



ベッドに飛び乗ったのが間違いで
柔らかくて心地良いこの場所は眠気を誘う。


動く気力はとっくの前に無くしていて

私はその誘惑に吸い込まれるように、
ゆっくりと目を閉じてしまった。

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