酔いしれる情緒
「はぁ…」と、息を大きく切らしているコイツは、ここまで走ってきたのだろうか。
「ちょっと、だいじょ…っ、」
落ち着かせようと背中をさすってあげようとしたのに、伸ばした手は背中に触れる前に掴まれてしまい私の手を引いて家の中へと入ってきた。
バタンッ、と、後ろでドアが閉まる音。
「っ……………」
その前で、私はコイツに抱きしめられている。
頭が、混乱した。
なんでここにコイツがいるのか
なんで息が荒れているのか
なんで今抱きしめられているのか
訳がわからないことばかりで───
「良かったぁ……」
「っ、えっ、なに…」
やっと喋ったかと思えばそんな言葉。
安心?している、のか?
「ちょっと…」と、胸元を軽く押せば、ゆっくりと離れるコイツ。
やっと見れたその顔は、
いつも通りの大きめマフラーと丸メガネによって、表情はよく分からなかったけど
「家にいなかったから、焦った、」
その声は、安堵の篭った声だった。
家にいなかったから探しに来たってこと?
「だって今日帰れないって……」
「そのつもりだったけど、思ってたよりも早く終わったから」
そして
再び
「っ!ちょ、ちょっと…」
私に抱きつこうとしたから、今回はしっかりと止めた。
グッと胸元を強く押す。
伸ばされた腕は私に触れる前にピタリと止まった。
「……なにしようとしてんの」
「何って、抱きしめようと」
「ダメに決まってるでしょ」
「なんで?さっきは抱かせてくれた」
「不意にされたから止められなかったの…」
そう言うと、ムッとした顔を見せるコイツ。
「はぁ…分かったよ」
「(隙を見せちゃダメだ…)」
素直に下ろした腕を見て、私も胸元を押す手を緩めた。