酔いしれる情緒
初めての感覚に触れました。
名前を知る前までは"アイツ"と設定していた連絡先の名前を"春"に変えた。
名前を知ってすぐに連絡先の名前を変えたのは、きっと春に興味を持ち始めたから。
(春…ね。)
仕事の休憩中、携帯を見つめながら頭の中でその名を呟く。
そういえば、今まで聞いてこなかったなぁっと、ふとそんな事を思った。
私も聞こうとはしなかったし、向こうも教えようとはしていなかった。
一緒に暮らしているくせに、名前くらい聞いておけよ。っと、前の自分に言ってやりたい。
「…………………」
連絡が来ていないか確認するも、
今日は春からの連絡は無い。
………てことは、帰ってくるってことだよね。
そう思うと、少し、ワクワクした。
(今日は手の凝ったご飯でも作ろうかな……)
なんて。
前までなら帰るのが憂鬱だったくせに。
「あっ、もう行かないと」
時計を見れば後2分で休憩が終わる時間。
脱いでいたエプロンを再び着直して、身だしなみのチェックをし、店内へと戻る。
すると、やけに長い列を作る人達を見てギョッとした。
(レジが、混んでる……)
こんな事、滅多にないのに。
「安藤さん~ ちょうど良かった」
遠くから私を呼ぶ声。
言われる前に私は店主のいるレジへと向かい、ヘルプに入る。
「お次のお客様こちらどうぞ」
カウンターに置かれた本は、一昨日大量に仕入れたあの小説。
お客さんがお金をトレーに置いている間に並んでいる人達の手元をチェックしてみれば、大体の人があの小説を手に持っていた。
(……すごい人気)
店主の読みは当たっていたらしい。