酔いしれる情緒
「…………凛。」
名前を呼ばれるのも
「どうしよう」
少し戸惑うように
軽く私の頬に触れるその手も
「こっち向いて」
強引に春の方へ向かせられるのも
全ての行動や言動に
敏感なほどに身体が反応して
鼓動が煩い。
「……お願い、殴って、俺のこと」
顔を歪める春はとても苦しそうで
何かを抑え込もうと私にそれを求めた。
"殴って" とか言う割には、私の両手首を壁に押さえ付けているじゃん。
(言ってることと、してることがめちゃくちゃだ…)
怪訝に思う私。
手に自由はないけれど、足は自由だ。
蹴ればいい。
そう理解はできているのに
「っ、」
なんで、動かないんだろう。
怖い、だとか
恐怖で、だとか
そんなことじゃない。
「────凛。」
嗚呼、きっと、私も────…
「は、る……っ」
『キスがしたい』
そういう気持ちになってしまったからだ。
(私って軽い女……)
さっきキスはダメだって止めたばかりなのに…
この場の空気感に流された、そういうことかもしれない。
(その綺麗な顔、殴れないし……)
気を許した理由はそれだと自分に言い聞かせる。
春に好意があるから、とか
そうじゃない。
きっと違う。
なぜこんなにも否定したくなるのか。
それはただ、恋をしている私、という事実が恥ずかしいから。
今まで惹かれたことがなかった分
この感情がもどかしくて
もしかして好きなんじゃ?
そう思ってしまう事すらも恥ずかしい。