酔いしれる情緒




*****





今日の仕事も慌ただしく終わりを迎え、疲れた身体を引きずるようにして帰路についた。



(あの小説、ポスターを貼ってから飛ぶ様に売れたな…)



いつもながら売れ行きは良かったものの、例のポスターを貼ればそれ以上に売れ行きが跳ね上がったのだ。


ずっとレジに列ができるくらい。




「はぁ…ほんと、疲れた……」




品出しをしていたからか腰が痛い。



気づけば家の中にいて、倒れ込むようにソファーの上で横になった。


春はまだ帰ってきていない。





「…………………」





高い天井を眺めて崩した身体を立て直した。





ダメだ……横になったら寝ちゃいそう。



今日も春からの連絡がなかったからそろそろ帰ってくるだろうと思って重たい身体でキッチンへと向かう。


自然と出た欠伸に目元が潤んだ。






(すぐに出来るもの……)




冷蔵庫を開けて、野菜を何個か取り出す。




今日はカレーにしよう。


簡単で、手早く出来るから。



野菜を切って、炒めて、水を入れて煮込む。


簡単な作業だからあっという間に完成間近で、合間にサラダも作った。


最後にカレーのルーを入れて再び煮込むと、部屋中にカレーの匂いが充満する。




そして奥からドアの開く音がして




(帰ってきた…?)




その音が、私の心臓を激しく動かした。




(意識しない、顔に出さない、平常心で……)




念仏のように心に唱えて思い込ませる。




キスされたことは一旦忘れよう。


昨日は何もなかった、何もしていない。



だから落ち着け私の心臓……

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