request
「てことは、渡したい人が近くにいるってことだよね?」
「はい……あそこに、」
指差す先は
さっきまで私達がいた
あのパン屋さん。
「今、買いに行ってるとか?」
「いえ…あそこで、働いてる人です」
「えっ」
(それって……)
思わず、蒼空さんと目を合わせた。
「湊くんの事だよね…?」
「ああ、たぶんそうだろうな」
そして、コソコソと小さな声で会話をする。
まさか、陽菜さんの渡したい相手が湊くんだったなんて……
全然予想もしていなかった。
「はぁあ……ダメだ、渡せない……」
頭を抱えてしゃがみ込む陽菜さんは、どこか浮かない顔をする。
「今年がラストチャンスなのに……」
「ラストチャンス…?」
「………私、地方の大学に行くんです。
ここからじゃ通えないから、3月には引っ越す事が決まってて……」
「(引っ越し……)」
蒼空さんと、一緒だ。
「彼のことは、高校1年生の頃から好きで、
どうかこの気持ちを伝えたくて、毎年渡そうと試みているけど…渡せなかった。
……だから、これがラストチャンスなんです。
浅川くんにバレンタインを渡せる、最後のチャンス、なのに……」
「はぁあ……」と大きな溜め息。
「……毎年、緊張するんです。
渡す前、いつもこんな感じで……
だけど、3年目の今年は、なんだか前よりも緊張する…」
陽菜さんの手は、微かに震えてた。
陽菜さんも、湊くんとは簡単には会えない距離になってしまう。
違う土地へ行ってしまう側と
ここに残る側。
立場は違うけど、想いは同じであって
………同情してしまう。