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───────────湊side
「湊~?ちょっとおいで」
「………なに?」
母さんに呼ばれて、奥の部屋から店の中へと戻る。
「湊に用があるんだって。外で待ってるみたいだから早く行ってあげなさい」
「?」
誰が…?
怪訝に思いながらも外に出た。
「よお」
「っ!」
その近くでは、確か月姫さんと付き合ってる……蒼空さんがいた。
「こ、こんにちは…」
「こんにちは」
僕になんの用なんだろう…
オドオドしながら目の前にいるその人を見上げる。
「湊クン、だっけ?」
「あっ……はい。」
「湊クン、手出して」
「えっと……?」
なんなんだろう。
わけも分からず手を出せば、トサッと小さな手帳1冊を乗せられた。
「それは陽葵何でも屋の秘伝ノート」
「えっ……?」
「書いてることはまあ…特に重要じゃないけど、湊クンに渡しとくわ。俺も辞めた先輩から渡された物だし、湊クンが辞める時次の後輩にでも渡してあげて。」
「!!」
「あと、陽葵さんと月姫はともかく、心音は抱きつき癖あるから気をつけて。ウンザリしたら屋上にでも──」
「ちょっと待って下さいっ…!!」
少し大きめに言ってしまったからか、はあっ…と息が漏れた。
「……気づいてるんですよね?僕が月姫さんのこと好きだって……なのに、なんで勧めるんですか…」
月姫さんに誘われたとき、正直迷うよりも断ろうと思ってた。
これ以上一緒にいると僕は───…
「出来ることなら勧めたくねーよ。だけどまあ、お前がやりたいと言うなら話は別。俺はお前を全力でサポートしてやる」
「な、んでっ……僕にそこまで…」
「月姫が言ってたんだよ。湊クンはこの仕事に向いてるって。俺はお前のこと全然知らねーけど、少しの間傍にいた月姫がそう言ってるんだから間違いないだろう。」
「っ…………」
「俺もそう思うよ。この間手伝ってくれた時すげー助かったし。最後までやり遂げようとするその性格も、あの仕事には適任だと思う。
……好意があるからとか、そういうの関係無しにやりたい事があるなら学生のうちにやっておけ。
少しでも気になるならチャレンジしてみろ。
あとあと後悔しない程度にな」
なんでここまで言ってくれるのか理解出来ない。
だけど、この人には、
僕の気持ち全て見透かされてる気がする。
「あとはまあ、湊クンの意志だけ。強引にやらせるつもりも無い。選択の権利は湊クンにあって、全然断ってもいい案件。この手帳だって無理に受け取らなくていーし」
蒼空さんはそう言うと僕の手から小さな手帳をヒョイッと取り上げる。
「お前はどーしたい?」
真剣な眼差しで見つめられると逸らすなんてことは不可能で、僕もその瞳をジッと見つめた。
この時、迷っていたものが1つへと決まる。
「僕がもし……月姫さんに手を出してしまっても文句は言えないですよ…?」
一緒に働くということは、
そういう可能性だってある気がする。
けれど、迷っていた僕の後押しをしたのはこの人であって
「だったら俺は、それよりも上のことをアイツにしてやるだけ。」
真剣な表情とは裏腹に
僕の心を何もかも見透かして、優しく理解するような目をした。
「知らない誰かが入ってくるよりかは、俺はお前に入ってほしいよ」
それは蒼空さんの願いの1つでもあり
月姫さんの気持ちも
僕の気持ちも
全て含めた言葉だと思った。
……実際、お手伝いをしたあの日、
こういう仕事もあるんだって思った。
人の為になる仕事が。
人と関わるのが嫌だったくせに、あの日見つかったブレスレットをとても嬉しそうに受け取っていた依頼者を見て
ああ、役に立ったんだ。
この人の役に立ってたんだって。
今まで感じた事の無い感覚。
心が凄く、温かくなったんだ。
だからあの時、月姫さんもパン屋を全力で手伝ってくれていたんだって。
人の為になる仕事
ずっとずっと気になってた。
だったらもう────…
スッ、と。
蒼空さんが持つノートに手を伸ばして
「……サポートしてくれるんですよね」
ノートを掴む。
その途端、蒼空さんは力がふっと抜けたような柔らかい笑顔を見せた。