タングルド
携帯もLINEも繋がらないから直通の内線番号で雪と連絡を取り、会う約束が出来たがそういうときに限って問題が起きる。

約束の時間をすこしオーバーして待ち合わせ場所のファミレスに到着するとテーブルの上には大量の料理が並んでいた。

「ごめん雪、遅くなった」

「別に、いつものことでしょ“北山”くんのは先に注文しておいたのでどうぞ」

チキンステーキを口に運びながら名前ではなく名字で呼ばれたことに心がツキンと痛んだ。

「あ・・ああ」

黙々と食べる雪を見ているとさらに料理が運ばれてきた。

「なんだかすごいな」

「ヤケ食いをする暇が無かったの、それで話って何?」

「ああ、その・・・悪かったと思って。本当にすまない」

「狡いわね、自分は楽しんで私を苦しめたのに“すまない”の一言で自分はスッキリするわけね」

「宮澤さんはおれの補佐をしてくれていたんだけど、ずっとその・・・誘われていて。かなりしつこかったんだ、この間の営業部の飲み会で酔った彼女をおれが送っていくことになって、一度だけその・・・したら諦めるって、おれも彼女がいるから宮澤さんとは付き合う気は無いって言ったんだけど」

店員がさらに料理を運んできたため口をつぐんだ。
さすがに、あまり聞かれたく無い話だし説明をしている自分自身でも最低な話しだと思う。
なんであの時はそれでもいいと思ったのか、今思えば冷たく突き放すだけでよかったのに。

「それでその・・・一回だけした。それ以降は宮澤さんとは距離を取るようにして」

「一回だけならセーフってこと?」

「そういうわけでは無いよな?」
ここで疑問形なのはおかしいよな・・・

「宮澤さんと残業をするのも控えていたんだが、あの日は突然やってきてしつこくて・・・あんな風に言えば諦めるかと思ったんだ」

「ここでしようってヤツ?さぞ喘ぎ声も廊下に筒抜けになったでしょうね」

「本気でする気なんか無かったよ。一度だけでも雪に対して罪悪感があったんだし」

「罪悪感はあったんだ・・・でも、あの時追いかけてくれなかった」
「ロービーであなたが来るのを待っていたの、だけど来なかった。それは、そういうことでしょ」

「残業があったのは本当で、あのまま追いかけても戻って仕事をしないといけなかった。だから、先に仕事をおわらせて雪の部屋に行ったが、留守だった」

「まっすぐに帰る気がしなくて、一人で飲みに行ったわ」

「雪は本当に大島と付き合って居るのか?」

「北山くんには関係がない事です」

「何故?おれは別れる事に同意してない」

「浮気をして私が許すと思ってる?私が学生時代のトラウマを抱えている事を知っているはずなのに、あなたはあの彼と同じことをしたのよ」

そうだ、オレはトラウマを知っていた。いちばんしてはいけないことを雪に対してしてしまった。

「ごめん、でも大島はダメだ」

「何がだめなの?」

「アイツは女性関係で花形部署から今のところにきたってもっぱらの噂だろ!」
嘘だってわかってる、それでもあいつに渡したくない。

「海外事業部は確かに花形だけど、秘書課が左遷先とは思えない。それとも、茂は私の事も見下してた?」

「いや、ただアイツは得体が知れないと言うか」

「北山くんは人に嫌われないように八方美人的に気を張り巡らせて、雰囲気を壊さないようにしてきた、だから合コンも断らないし気持ちが無くても告白されれば付き合ってたのよね。でも、それって単に節操が無いだけじゃない。私の事も、つなぎ程度だったんでしょ」

「そんなわけないだろ」
そんなわけ・・・でもやってきたことはそう思われても仕方が無い。

「どちらにしても、あなたが言える言葉ではないし、これ以上話す事もあなたの言葉を聞く必要もないから、それからここの支払いは慰謝料がわりに北山くんが払ってね」
「それから、もう私の事を名前で呼ばないで。宜しく北山くん」

完全に終わってしまった。
恋人にならなければこんな風に別れることなんて無かったのに、欲張ってしまった。
5年間友人としてそばにいた、恋人になっても長い時間を共有できると思っていたのに、壊したのはオレだ。

ファミレスのソファに全身を預ける。
子供の頃から自分の居場所を作るために顔色をうかがって場をしらけさせないように、自分が嫌われることのないようにうまく世渡りしてきた。
でも、そんなくだらない処世術で一番大切な物をなくしてしまった。

何も考えたくなくて目を瞑って思考を手放した。

足音が近づいてくる。

雪が戻って来てくれたんだろうか?


「茂」
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