初恋マリッジ~エリート外交官の旦那様と極上結婚生活~
テーブルに着き、お父様の「さあ、いただこうか」というひと声で食事が始まる。
「これはナシゴレンといって、簡単に説明するとマレー風炒飯ね。それからそっちはバクテー。スペアリブを煮込んだスープよ」
お母様の話に耳を傾け、取り分けてくれた料理を口に運ぶ。
「んっ! おいしいです!」
「よかった。たくさん食べてね」
「はい」
スパイシーな味づけが癖になる料理に舌鼓を打ち、私の両親や仕事について会話を交わす。そして、食事を終えてリビングに移動すると、お母様がなにかいいことを思いついたという様子で両手をパチンと合わせた。
「私ね、マレーシアに来てから月に二回のペースでピアノのレッスンに通っているの。今は〝エリーゼのために〟を練習しているんだけど、なかなか上達しないのよね。ねえ、小夜子さん。お手本を見せてもらえないかしら」
私の返事も聞かずに、お母様がピアノの鍵盤蓋を開けて譜面台に楽譜を置く。
冒頭のメロディが特徴的な『エリーゼのために』は、誰もが一度は耳にしたことがある有名な曲で、ベートーヴェンがある女性を思って作ったと伝えられている。
仕事柄、ピアノを弾いてと頼まれる機会は多いし、実際に親戚や友人の結婚式で演奏を披露した経験もある。けれど、ピアノを弾けない彼の前で演奏するのは気が進まない。