初恋マリッジ~エリート外交官の旦那様と極上結婚生活~
希望が感じられる中盤は軽快に、盛り上がりを見せる終盤はドラマチックに。演奏に耳を傾けてくれる彼とご両親の心に響くように感情を込めて指を動かす。そして、三分ほどの曲を弾き終えるとリビングに拍手が響いた。
「素敵! 私の演奏とは全然違うわ」
お母様が興奮気味にソファから立ち上がり、私に抱きついてくる。
「ありがとうございます」
ぎこちなさが残る演奏だったけれど、感動してくれてよかった。
安堵してハグを交わしていると、彼が私たちのもとまで歩み寄って来た。
「ベートーヴェンの切ない恋心が胸を打つ、いい演奏だった」
「ありがとう」
彼の極上な褒め言葉は、なによりうれしい。
喜びを噛みしめてふたりで微笑み合っていると、彼が鍵盤の上に右手をのせてエリーゼのためにをゆっくり弾き始める。
何年もピアノに触れていないとは思えない、正確なタッチから奏でられる音色に耳を澄ます。しかし、右手だけの演奏は長くは続かなかった。
「やっぱり、ピアノはいいな」
哀愁が漂うメロディがまだ耳に残っているなか、彼がひとり言のようにつぶやく。
その横顔に笑みをたたえていても、私にはやりきれない思いを心に抱えているように見えた。
ピアノの接し方は人それぞれで、昔の彼のようにプロを目指す人もいれば、お母様のように趣味として弾く人もいる。