初恋マリッジ~エリート外交官の旦那様と極上結婚生活~
会えないのはほんの少しの間だとわかっていても、離れ離れになるのはどうしたって寂しい。
「小夜子はやっぱり泣き虫だな」
「だって……」
羽田空港の出発ロビーで、私の頬に伝う涙を彼が指先で優しく拭ってくれる。
三月中旬の土曜日。今から彼は赴任先のオーストリアへ旅立つ。栄転する彼を笑顔で見送ろうと心に決めたのに、いざ別れのときが訪れると瞳から涙がこぼれ落ちるのを止められない。
「毎日連絡するし、寂しくなったら時差を気にせず連絡してくれてかまわない。だからもう泣かないでくれないか」
いつまでも泣きやまない私に、彼も戸惑っているようだ。眉根を寄せる顔が、涙の先に揺らめいて見える。
オーストリアで暮らした経験もあるし、公用語であるドイツ語を話せるといっても、新しい環境に慣れるまではなにかと大変だ。
いつまでもメソメソして余計な心配をかけるのはよくない。
「直君、お仕事がんばってね」
無理に笑顔を作り、彼の胸に飛び込んで別れのハグを交わす。
「ああ。講師演奏がうまくいくように、ウィーンから祈ってる」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
ウィーン行きの直行便の搭乗はすでに始まっている。
名残惜しく彼の広い背中に回した腕を離すと、唇に短いくちづけが落ちた。
「小夜子、愛しているよ」
クールな彼が人目もはばからずに愛情表現をするのは初めてで、寂しい思いをしているのは自分だけではないとわかる。
「……私も」
込み上げてくる涙を堪えて思いを伝え、搭乗ゲートを進む彼のうしろ姿が見えなくなるまで手を振って見送った。