初恋マリッジ~エリート外交官の旦那様と極上結婚生活~
うるさい音を立てる心臓を落ち着かせるために大きく深呼吸をすると、彼と交わした会話がふと頭に浮かんだ。
そうだ。観客は全員カボチャだと思えばいいんだ。
彼の言葉を思い出した瞬間、肩の力が抜けて観客の視線が気にならなくなる。
大丈夫。この日のためにたくさん練習してきた。あとは講師生活最後の演奏を楽しむだけだ。
軽くなった心のまま、鍵盤に指をのせてメロディを奏でた。
今まで親しくしてくれた同僚に感謝し、講師としては未熟な私を慕ってくれた生徒たちの成長を願い、そして異国の地にいる彼を思って演奏を続ける。
ピアノがこんなに楽しいと思ったのはいつ以来だろう。この幸せな時間が永遠に続けばいのに。
次から次へと湧き上がってくる感情を胸にピアノを弾き続ける。しかし、残念ながら楽しい時間はあっという間に過ぎる。
すべてのパートを弾き終え、ピアノチェアから立ち上がって観客に頭を下げると、ホールに温かい拍手が鳴り響いた。
ああ、今までピアノを続けてきてよかった。
感謝の思いを胸に舞台から降りて、五年間の講師生活にピリオドを打った。