初恋マリッジ~エリート外交官の旦那様と極上結婚生活~
「どこか静かに話せる場所はある?」
「うん」
彼を案内するのはこの部屋しかないと廊下を進み、両開きのドアを開けた。
「どうぞ」
「ありがとう」
私の前の通り過ぎた彼の後に続いて中に入る。
ここは七歳の誕生日パーティーが開かれた部屋で、足を踏み入れるのは私も久しぶりだ。
「懐かしいな」
彼がひとり言のようにつぶやく。
二十年前、彼とここで出会ったのだと思うと心に染み入るものがある。けれど、私たちにはさらに思い出深い場所がある。
「直君、こっち」
隣り合わせになっているサンルームに、急ぎ足で向かった。
白いグランドピアノの屋根を突き上げ棒で支え、鍵盤蓋を開ける。
指で鍵盤をタッチすると慣れ親しんだ音が室内に反響して、当時の記憶が鮮明によみがえった。けれど今は、懐かしい思い出に浸っている場合じゃない。
「変なことになってしまってごめんなさい。でも、安心して。両親にはすべて話して、あのプロポーズはなかったことにするから」
お見合いが嫌だからといって、優しい彼に甘えたのが間違いだった。
付き合っているフリはこれでおしまい。来年には海外に行ってしまう彼を思い続けても、悲しみが募るだけ。今はつらくてもときが経てば、こんなこともあったと笑える日が訪れるだろう。