初恋マリッジ~エリート外交官の旦那様と極上結婚生活~

本庁勤務と海外赴任を繰り返す外交官らしい説明に納得していると、頭の上に大きな手がのった。

「ミルクを温めたんだ。一緒に飲もう」

「うん」

彼が、私の頭を軽くなでてキッチンに向かう。

さりげないスキンシップをうれしく思いながら、改めてシンプルな部屋を見回すと、テレビの脇にあるキャビネットに楽譜が並んでいるのに気づく。

以前、彼は外交官の仕事にやりがいを感じていると言っていた。その言葉は決して嘘ではないのだろうけれど、心の片隅にはピアノを弾きたいという気持ちがまだ残っているのかもしれない。

ピアノを弾けなくなっても、楽譜を捨てられずにいる彼の気持ちを思うと、胸に痛みが走った。

「どうぞ」

「ありがとう」

リビングに戻って来た彼とソファに座ってマグカップを受け取り、甘い香りがほのかに漂うホットミルクに口をつける。

「おいし」

雨に濡れて冷えた体は(じき)に温まるけれど、一度曇った心は簡単に晴れそうにない。

やるせない気持ちを抱えてホットミルクを飲んでいると、彼に顔を覗き込まれた。

「どうした?」

「えっ?」

「思い詰めた顔をしている」

なにも言わなくても、私の気持ちを瞬時に察する彼に返す言葉が見つからず、黙ったまま楽譜に視線を向ける。
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