一途な敏腕社長はピュアな彼女を逃さない
「翼の母の神崎紅葉(もみじ)です。」


そう言って紅葉はスッと綺麗なお辞儀をして
顔を上げると、私を上から下まで
冷ややかな目つきで見定める。


「あ、あの...これは...
ささやかなものですが...」


私が震える手でお菓子の包みを差し出すと
「それはご丁寧にどうも...」
淡々とした物言いで受け取った。


そして、紅葉は表情ひとつ変えずに
「立ち話もなんだから座りましょ」
と、神崎さんの向かい側の席へ腰を下ろした。


神崎さんと私も一緒に椅子に腰を下ろす。


「母さん、海外の新規事業は順調?」


神崎さんが場をなごませようと口を開く。


「えぇ...」


お母様はひと言だけ発したあと、口を閉ざした。


室内には重苦しい空気が漂う。


それからすぐに料理が次々と運ばれてきて


「今日は私がご馳走するから
遠慮なく食べなさい」


そう言って、紅葉は赤ワインの入ったグラスに口をつけた。


私たちは「いただきます」と口を揃えて
料理を食べ始めた。


時折、神崎さんがお母様に会話を投げ掛けるが「えぇ」や「そうね」とだけ答え、
会話を終わらせてしまう。


私は頭の中で話題を探しながらも、
そんな重い空気のなか、
話し出すきっかけもつかめない。


ただただ言葉の詰まった喉に
料理を流し込むだけで精一杯だった。
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