一途な敏腕社長はピュアな彼女を逃さない
それから二人で手を繋いで庭園を散策した。

思わず手を取ってしまった手前、離すことも出来ず、私の胸はずっとドキドキと音を鳴らしていた。

「そろそろお腹も空いてきたし、
車に戻ろうか」

私は手を繋いだまま
神崎さんと目を合わせることなく
「そ、そうですね」と頷いた。

そして車まで戻ると
神崎さんは助手席のドアを開けて名残惜しそうに繋いだ手を離した。


そして車に乗り込むと
静かに車を発進させた。

車に揺られて美術館が遠のくほどに現実の思考へと引き戻されていく。

先ほどまで温かく包まれていた左手が
寂しいと私に語りかけてるようだった。

車に揺られながら、そっと左手をグーパーさせた。

神崎さんもなぜか車に乗り込んでから
ずっと黙ったままだ。

もしかして、なにか気にさわることでも
してしまったのだろうか。
急に不安が押し寄せてくる。

いや、でもどうせお断りするのだから
嫌われてもいいんだけど。

しかし、自分の思いとは裏腹にズキッと
心臓が痛んだ。

やはり社長の神崎さんと
まともに人付合いすらできない私とでは
上手くいくはずがないし。

そう考えると急に寂しさがこみ上げてくる。

すると、神崎さんが「なんだか寂しいんだ」
突然、口を開いた。

「えっ?」

何のことを言っているのか分からず
運転席の神崎さんに目を向けた。

「僕の右手が。
さっきまでかよ子さんの手を包んでいた右手が寂しいって言ってるようだよ」

赤信号に車をとめると
神崎さんは自分の右手を見つめて
小さくグーパーさせた。

「って何を言ってんだ俺...」
そして恥ずかしそうにハンドルに
顔を突っ伏させた。

「わ、私の手も!!」

「えっ?」

神崎さんはびっくりして顔を上げ
私を見つめる。

「あ、あの...私の左手も寂しいと言ってます」

急に恥ずかしくなり尻つぼみに声が小さくなっていく。

「そんなことを言われると期待してしまうよ?」

神崎さんの言葉にハッと我に返る。

「あっ、青になりました!」

信号機を指差して
白々しく話を変えた。

それから車の中でずっと後悔をしていた。
思わせ振りな態度を取ってしまっている
自分がいやになる。
神崎さんとは今日を最後に
お別れしなければならないからだ。


「かよ子さん、着きましたよ」

ぐるぐると思いを廻らせていた私は
神崎さんの声に顔を上げた。


そして助手席から降りると
眼の前に広がる立派な武家屋敷のような門に私は圧倒されて思わず息を呑んだ。



「何度か、ここの料亭は商談で来たことがあったんだけど、とても美味しかったから
かよこさんを連れてきたかったんだ」


神崎さんは車のドアを閉めると
躊躇することなく、料亭の門をくぐっていく。

こんな高そうなところ大丈夫なのだろうか...

私は神崎さんの後を緊張した
面持ちで着いていく。
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