みずたまりの歩き方
そんなことを言われて久賀が黙っているはずがなく、美澄は久賀の猛烈な攻めの前にあっさりと吹き飛ばされた。

「どこからやりますか?」

頭を抱える美澄に対し、一局終わって脳が回転し出した久賀の表情はすっきりとしていた。

「▲同歩△同飛車で合駒(あいごま)したところを。……あれ?」

平川から感想戦(対局後の反省)が義務づけられ、美澄も少しは覚えられるようになってきたけれど、まだ曖昧なところも多い。

「桂馬は8九です」

そんな彼女に代わって、久賀はさっと指定した局面まで盤面を戻した。

「合駒が良くなかったですか?」

「そうですね。ここは桂馬を取っておく方がよかったです。うまくいけば桂得なので」

「飛車切ってくるのは読んでませんでした」

「中盤戦がなくて一気に終盤戦になる変化もありますから、切る順も読んでください。本譜みたいに飛車を取れても一方的に攻め込まれたら意味がありません」

「はい。じゃあ、桂馬を取っていたら……」

久賀はさらりと金を打つ。

「あれ、先生、八筋が受かりません」

「わかりますか?」

「はい」

春風が吹けば蓮花が揺れるような、無理のない返事だった。

「おっしゃる通り、これは受からないのですが、だからと言って諦めてしまうと差は開く一方です。どこかで少しでも取り返せるよう、絶対に粘ってください」

「粘る……粘る……ああ! わかんない!」

「『わかんない』じゃなくて考えてください」

「うーーーーーー、飛車取り……かな」

美澄が打った歩を見て、久賀はかすかに微笑みながら飛車を引く。

「一回逃げて」

「取って」

「飛成り。これだと突破はされましたが、形は悪くないですよね」

「はい」

言葉を重ねても、美澄は難なく飲み干していく。
美澄の「はい」は、言葉が届いた充足感を久賀に与えた。

「先生?」

じっと美澄を見つめる久賀に、彼女は盤から顔を上げた。

「古関さん、ぎゃあぎゃあ騒ぐ割に理解早いですね」

「『ぎゃあぎゃあ』って何ですか。これだけゆっくりやってくれれば、誰だってわかります」

文句を言いつつ、美澄はうれしそうに頬を緩める。
『誰だって』と美澄は言うが、今の変化をあっさり読み切れる人は決して多くない。
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