みずたまりの歩き方
電気とエアコンがつけっ放しだった倶楽部に入ると、久賀の眼鏡は瞬時に曇った。
拾った紙袋をゴミ箱に捨て、シャツの裾で眼鏡を拭きながら、久賀はところで、と切り出す。
「研修会に入る決心はつきましたか?」
美澄はうつむいて、机から椅子を下ろす。
「今の古関さんなら十分入会できます。むしろ、少し上の級でも通ると僕は思っています」
美澄は久賀の方を見ずに、買ってきた野菜ジュースにストローを突き立てた。
「でも、私はもう少し今のままで……」
「将棋において実戦経験は非常に重要です。僕やネット将棋だけでなく、さまざまな人と盤を挟むことは、とても有効だと思いますよ。特にあなたは年齢制限が近いのですから、のんびりしてる暇はないと思いますけど」
迷いのない正論に逃げ道を塞がれて、美澄は正直に答えるしかなかった。
「その、お金が……」
研修会は慈善事業ではないので、当然毎月会費がかかる。
それに加えて研修会までの交通費も自己負担だ。
東北にも研修会ができたので、東京に通うより負担は少ないとはいえ、それなりの出費はせざるを得ない。
けれど、女流棋士を目指すには研修会に入会するのが一番早いのも事実だった。
「ご両親の理解が得られない、ということですか?」
美澄はゆっくりとうなずいた。
「古関さんは今大学四年生でしたか。本来一番いいのは、ご実家から研修会に通うことです。奨励会員も研修会員も、基本的には実家の支援を受けてプロを目指します」
「先生も?」
「はい」
美澄は小さくしっかりと首を横に振る。
「うちは難しいです」
「だったら、女流棋士になるのを諦めますか?」
「諦めません!」
強い眼差しを返すと、久賀は待っていたようにうなずいた。
「では、どうするつもりですか?」
「……両親のことは、説得を続けます」
金銭や家庭の事情については、久賀もこれ以上は踏み込めない。
納得はしていないだろうが、話は切り上げてくれた。