みずたまりの歩き方
オムライスの卵をつついて馨は、これどうなってんだろう、とつぶやく。
「何回かチャレンジしたんだけど、できたことないんだよね、ふわとろオムライス」
スプーンですくったとろとろの玉子を目の高さで眺め、口に入れてからさらに考え込む。
「師匠ってお料理好きですよね」
「そうかな? 普通だと思うけど」
「私、一人暮らしでオムライスは作りませんでしたよ。面倒臭くて」
美澄が食べているハヤシライスも、普段自分では作らない。
一人暮らしだと、どうしても調理が簡単なメニューに偏りがちになるのに、馨はその手間を厭わない。
「うちはみんな働いてて、俺が一番時間あったから料理してただけ。慣れの問題じゃないかな。古関さん、料理はきらい?」
「特に好きではないです」
「好きじゃないのに毎日やるのは大変だよね」
「先生に、食事と睡眠も戦いのうちだ、と言われたので」
吹き出した馨は、腕で口元を押さえる。
「どこの誰がそんな偉そうなこと言ってんだろうね」
久賀は倒れたあと、ひと月ほど日藤家のお世話になっていたらしい。
最後の奨励会は日藤家から行ったそうだ。
「古関さん」
いつの間にかオムライスの皿は空になっていて、馨は組んだ両手に顎を乗せて美澄を見据えた。
「食欲はあるみたいだね」
「はい」
予想より多めだったハヤシライスも、残り四分の一まで減っている。
「寝れてる?」
「……はい」
「何かあった?」
「いいえ。たいしたことは何も」
馨の視線を感じつつ、美澄は大きな牛肉を口に運んだ。
「別に俺に何でも話せ、とは言わないけど、俺もうちの家族も、困ったときは力になりたいと思ってるよ」
「はい。ありがとうございます」
馨を待たせているプレッシャーから、美澄は食べる速度を上げた。
馨の方は気にした様子もなく、ゆったりと話しかける。
「夏紀くんとは連絡取ってる?」
「いいえ」
「どうして?」
美澄は目を伏せて力なく笑った。
「もう、ご迷惑はかけられないです」
久賀とは友達でも家族でもないから、他愛ない話をする間柄ではない。
次に連絡を取るとしたら、女流棋士になった時か、挫折して辞める時だろう。
味わう余裕もなく残りのハヤシライスを掻き込み、口元を紙ナプキンで拭う。
「師匠、何かお買い物あるんですよね? お付き合いします」
馨は一瞬だけ困った顔をしたが、すぐに目を細めて笑顔を作った。
「そう? じゃあ、フライパン買うの付き合って。小ぶりなやつが欲しくて」
「はい」