みずたまりの歩き方
馨が二本目のビールに手を伸ばす頃、いつもより少し豪華な夕食が出来上がった。
「元町さんからは去年オンラインの設定教えてもらった。平川先生、そういうの消極的だったから」
久賀の砕けた話し方に慣れないまま、美澄はエビフライと取り皿を並べる。
「あの教室は二回くらい指導行った。すごく強い子がいて、熱心に頼まれて」
「その子、今年奨励会入ったよ。受験にあたって、結局小多田先生のところに弟子入りさせたって」
「へぇ、小多田門下。じゃあ、吉永くんの弟弟子になるのか」
手を止めて見入っていた美澄に、ふたりが視線を向ける。
「先生も師匠も、普通に男の子なんですね」
小学生時代からずっと続く関係が、目の前で展開されていた。
イベントでも久賀は当たり前のように他の棋士と会話していて、かつてはそこに居場所があったのだと、自然と感じられた。
「ああ、そっか。古関さんから見ると、夏紀くんの新たな一面なんだね」
「先生がお友達と話してるの、初めて見ました」
「友達じゃありません」
本人を目の前にしても、久賀はきっぱりと言い切って手洗いへ立つ。
「先生、ひどくないですか?」
久賀が去った方向を見てそう言うと、馨は少し考えながらも久賀に同意した。
「友達とは少し違うかもね」
エビフライをひとつ取って、ソースをかける。
「小さい頃から大会で顔合わせて、会えば将棋ばっかり指して。でもそれだけだから」
美澄ちゃん皿取って、と辰夫に言われて、皿を手渡しながら首をかしげる。
「普段夏紀くんと連絡取り合ってるわけじゃないし、遊びに行くわけでもないし。そういう友達はそれぞれいるからね」
「そうなんですね」
「それに、俺の方が先にプロになって、思うところもあったと思うよ。いただきます」
馨が口に入れたエビフライは、さくりと音がした。
美澄は久賀のコーラが炭酸の泡を浮かべる様を見つめる。
「俺と夏紀くんだと直接対決では俺の方がちょーっと分が悪いから、複雑な心境ではあるかな」
「『ちょっと』じゃない。勝率で言うと、僕が七割勝ってる」
手洗いから戻るなり久賀が言う。
「七割は言い過ぎでしょ。せいぜい五割五分」
「1000局やった時点で僕の684勝305敗11引き分けだった」
「そのあと結構巻き返したじゃん。2000局の時点で俺も800勝越えてたはずだよ」
「え! 先生と師匠ってそんなに指してるんですか!?」
ふたりは顔を見合わせる。
「途中からわからなくなって忘れました」
「3000はいってない気がする」