宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~


『赤ちゃん…。』


一花は、嬉しかった。
自分の置かれている現状を考えたら、喜んでいられないのはわかった。

ただ、嬉しかった。


『産もう。何としてでも。』

大学卒業後、あの島の県での幼稚園教諭の採用は断る事にした。
母の近くで暮らしながら、出産をしようと考えたのだ。

何よりもこの子を優先したい。

翌年春に大学を卒業し、アルバイト先では大きなお腹を抱えて臨月近くまで働いた。
怒涛の毎日だった。生活もギリギリだった。

陸には知らせない頼らないと決めた一花を、弟と伯父が応援してくれたおかげで頑張れた。


そして、6月に生まれたのが『海里(かいり)』だ。
あの島で授かった子。海に縁のある名前を付けようと一花は決めていた。


『かいり…』


可愛い我が子を抱くと、夫だった人に知らせないのは申し訳ない気もした。
だが、子供を作る気の無かった人に、この子を会わせたくない思いの方が勝ったのだ。

愛だけに囲まれて、海里を育てたい。

私や、陸や、島谷の伯父…。
それに、病気が進行して無表情になった母が、海里を見ると笑顔になるのだ。

もうほとんど喋れないのに、「か…。…か…。」と擦れた声を出そうとする。

「海里」と言っているのか、「可愛い」と言っているのか…。

そんな母を含めて、愛情をたっぷりと注いで海里を育てたい。

出産後は保育園に海里を預けて、一花は別のこども園で働いている。
今年になってからは、歩も大阪に来てくれた。

今度こそ、落ち着ける場所が出来ますようにと祈るばかりだった。


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