宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~
家族になるということ


その日、少し早い時間に仕事を終えた一花は、母の見舞いに来ていた。
今日は週に一日だけ、午前中で幼稚園児は帰る日だ。

その曜日には病院を訪れて、車椅子での散歩に付き合い洗濯物を持ち帰るのが決まりだった。


陽だまりを選んで、母を乗せた車椅子を押してゆっくり庭を歩く。

「お母さん、今日はあったかくていいね。」

母から返事は無いが、構わず一花は話しかける。

「もう10月なのに、今年はいつまでも暖かくていいね。」

「もうすぐ紅葉が見頃になるよ。」

言葉は出せなくなっていても、母には一花の声は聞こえていると思いたい。

「今朝ね、海里が…。」

母が喜ぶ海里の話をし始めたら、中庭を突っ切ってこちらに歩いてくる男性が見えた。

「陸…さん…。」


真っ直ぐに歩いてくる人の名を、一花は呟いた。見間違えるわけがない、その人を。


「一花…。」


一花の前で立ち止まった陸は、母の目線に合わせるように車椅子の前にしゃがみ込んだ。


「初めまして。水杉陸と申します。一花さんの夫です。」




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