宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~
ぼんやりと陸を眺めていた母が、コクリと首をゆっくり動かした。
偶然かもしれないし、何かわかったのかも知れない。
「お母さん、お部屋に帰りましょう。」
突然現れた陸に戸惑いながらも、一花は車椅子を押してその場から離れる事を選んだ。
陸の横を無言で通り過ぎ、病棟のエレベーターに乗って母の部屋に戻ったが、
冷えていた筈の手には汗をかいていた。
『いきなり…どうして?』
看護師の手を借りてベッドに寝かせた母が眠そうにしているのを見て、そっと病室を出る。
どうしてここがわかったのか…。
何故、別れたのに『夫』と言ったのか…。
疑問が多すぎて考えが纏まらない。
海里を迎えに行く時間が迫っていた。
陸がもういなくなっている事を願って階下に降りたが、エレベーターの正面に彼は立っていた。
「待ってた。もう帰るのか?」