宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~
下駄箱付近はお迎えの母親たちで混みあっていたが、担任保育士がすぐに一花に気付いてくれた。
「海里くーん。お母さんのお迎えですよ~。」
「お世話になりました。」
通園バックをひこずるように持って、海里が昇降口まで駆けてきた。
「ママ~。遅いよ~。」
「ゴメンね。海里。」
ギュッと我が子を抱きしめる。温かい小さな身体が愛おしい。
園の外では、会わせたくない人が待っている…。
「ママ、ぎゅっ。」
海里も小さな手で一花にしがみついてきた。
一花は覚悟を決めた。
「さ、帰ろう。」
「はい。先生、さよーなら。」
「海里くんさようなら。また明日。」
海里と手を繋いで園を出る時、一花は夕焼けの空を仰いだ。
『落ち着いて…落ち着いて…。』
少し離れたところに佇む陸のシルエットが見える。
背の高い彼が、電柱の陰から食い入るように海里を見つめているのがわかった。
「今日ね、あのね、…かあくんとね、…。」
お友達とのあれこれを話そうとしているのだろうが、要領を得ない話だ。
「うん。…かあくんと?」
それでも一花は根気よく耳を傾ける。
話しているうちに、すぐに陸の所まで来てしまった。
彼の前で立ち止まったが、何て言えばいいんだろう。
「ママ、帰ろ?」
歩くのをやめた母を見上げて、海里が不思議そうにしている。
目の前の男の人の事は、気にも留めていない様子だ。