宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~
歩みを止めた母に何を思ったのだろう。
男の子は視線を母から目の前の背の高い人物に向けた。
陸は、ただ男の子に見入っていた。彼を見上げる目は、一花のあの大きな瞳そっくりだ。
「おじちゃん、だあれ?」
その愛らしいひと声を聞いた瞬間、陸の頭から一花との約束なんか吹っ飛んだ。
目の前に立っている我が子を見たら、言葉にならない思いが溢れてきたのだ。
思わず男の子の前に膝をつく程に低くしゃがむと、勝手に口が開いた。
「きみのパパだよ。」
男の子はキョトンとしている。
「パパ?」
「そうだ。」
「え~っ。ウソだあ。海里にパパはいないもん。」
アハハッと、無邪気に男の子は大きな口を開けて笑っている。
だが、陸の心は鷲掴みにされたように痛んだ。
『パパはいない』
一花はそう教えていたのか?
思わず一花を見ると、一花は青白い顔をしている。
彼女にとっても、思いがけない言葉だったのだ。
「海里…パパだよ…。」
苦し気に、振り絞るような声で一花が言った。
「海里の、パパだよ。」
男の子は、またキョトンとした顔をした。