宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~
包丁を動かす手に力が入らない。
一花は黙々と夕食の支度をしながら耳をそばだてていた。
陸と息子の会話は、狭いマンションだから全て聞こえる。
『海里』
『なに?パパ。』
何度そんな光景を夢見た事だろう。
陸には子供の事は知らせないと決めていたのに、夢では思い描いていたのだ。
父子が並んで歩く姿。仲良く遊ぶ姿。笑いあう姿…。
『ウソだあ。海里にパパはいないもん。』
陸は信じてくれないかもしれないが、一花はそんな風に教えた記憶は無い。
逆に、『ウソ』という言葉に愕然としたのだ。
ああ、私は『嘘をつくなと』子供に教えながら、指切りして約束させながら
自分が大きな嘘をついていたんだ…。
海里に嘘をついてはいけない。
そう思ったら、言葉が自然に出てしまったのだ。
『パパだよ。』
陸の前で、海里に真実を告げていた。