宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~


 季節は春、その料理旅館の別館は桜花に囲まれて美しかった。

玄関から案内されて中に入ると、古風な作りに所々現代風の美術品が飾ってあり、
持ち主の趣味の良さがにじみ出ていた。


叔父と共に通された和室には、既に一人の男性が座っていた。

水杉陸(みずすぎりく)…。海運業を母体として発展してきた水杉商事の若き総帥。
まだ30過ぎたばかりなのに、床を背に姿勢を正して座る姿は風格すら感じさせた。


大柄で筋肉質だが厳つさは無い。表情は硬いが整った顔立ち。
目つきの悪さがマイナスかもしれないが、中にはクールさを好む女性もいるだろう。

一花の心は、彼を見た瞬間飛び跳ねた。

『コワイ顔…。』

その時初めて、この話、断られるかもしれないと一花は思った。
どう見ても、その人が自分と結婚しようなんて思うはずが無いと感じたのだ。

それくらい、春なのに凍えるような雰囲気を水杉陸は纏っていた。



「いやあ、遅くなって申し訳ない。水杉君。」

「いえ…。」


「私の姪の島谷一花(しまたにいちか)だよ。一花、ご挨拶を。」

「一花と申します。」

「すみませんねえ、愛想の無い娘で。」
「いえ…。別に。」


「それでは、約束通りで、いいでしょうね。」
「はい、先日の条件で結構です。」


「では、弁護士を呼びましょう。」


襖が開いて、隣の和室に控えていた一人の男性が入ってきた。


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