宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~
男性はこの辺りでは大きな法律事務所の弁護士で、田沼と名乗った。
両家にとって中立の立場だから、この席に選ばれたらしい。
それからは、叔父と水杉が田沼弁護士を仲介に立てて複雑な話をしていた。
どうやら島の売却金額の最終合意に至るまで、ひと悶着あったのだろう。
一花はボンヤリとその様子を眺めながら、頭の中では別の事を考えていた。
水杉陸が支払ってくれる毎月のお金をどのように使おうか…。
まず、これまで在宅で何とか暮らせた難病の母は、
私が家を出ている間は介護サービス付きの施設で見てもらう。
そういった施設は毎月かなりの費用が掛かるらしい。
東京の大学の医学部に通う弟には、国家試験まで勉強に専念してもらいたい。
バイトを減らしても生活の足しになるように送金する。
自分はどうとでもなる。ただ、夫となる陸にはどう誤魔化せばいいだろう。
そんな事ばかりを考えていたら、話し合いは終わったようだ。
「それじゃあ、一花さんここにサインをお願いします。」
「は?」
「婚姻届けです。」
弁護士はあっさりと一花の前に一枚の紙きれを差し出した。
「え?今日ですか?」
「水杉様はお忙しいので、本日しかゆっくり時間が取れませんので。」
まだ、挨拶しか交わしていない相手と結婚…。
その時になって、漸く一花は自分が何をしようとしているのか恐ろしくなってきた。