宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~



まだグズグズ言っている沙良を置いて、陸はすぐに『プチ・ポアン』へ引き返した。


5分ですぐに島へ渡れるのが今日ほどありがたいと思った事は無い。

フェリー乗り場からは、細い山道を抜けて歩いた。ちょうど店の裏手に出る近道だ。
涼しくなってきたとはいえ、シャツが汗ばんでしまう。


レストランの近くまで戻って来ると、ピアノの音が聞こえた。

店は『CLOSED』の看板が出ているのに…。

窓ガラス越しに見ると、一花がピアノを弾いて、秋山夫妻や客達が歌っている。

ばあ(・・)や佐久間老人も楽しそうだ。


『何だこれは…。』

誰もが知っている様な懐かしい曲。

童謡?古い映画音楽?ビートルズ?

何曲も途切れずに続いていた。




このミニコンサート風の合唱は、秋山夫妻の一花への思いやりだった。

休憩時間にピアノを貸して欲しいと頼んできた一花に、何時間でも弾けるようにとの心遣いだった。
採用試験の課題曲の練習にもなるし、客にも喜ばれるので一石二鳥だ。

離れて聞いている陸の心も、その優しい音に癒された。
さっきまでの荒れた海の様にイライラした気分が、知らず知らずのうちに凪いで行くのを感じていた。

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