宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~
山形夫妻は、その朝水揚げしたばかりの殻付きの牡蠣を持参してくれた。
「杉ばあ、いえ、糸島商店の物ですから味は最高だと思います。」
「それは、ありがとう。重かっただろう。」
「いえ、糸島商店の後継ぎが東京に出張だと言うんで、ここまで一緒に来てくれたんです。」
「若いから軽々と持って下さって、助かりました。」
「良く気の付く若社長です。」
山形夫妻は口々に糸島商店の息子を褒めている。
前に『プチ・ポアン』で見かけた純朴そうな好青年の事だろう。
「そうか、後継ぎ…下の息子さん?」
「流石、良くご存知ですね。」
「この春ご結婚されたんで、糸島商店も安泰ですよ。」
「えっ?この春…?」
「ええ、幼なじみの信用金庫にお勤めの娘さんと。」
「元気のいいお嫁さんで、杉ばあと一緒にリヤカーで魚の行商してますよ。」
屈託なく笑っている山形夫妻を見ながら、陸の心臓はとてつもなく早く鼓動を打っている。
『結婚相手は…一花じゃないのか?』
「…それで、社長。別荘の管理なんですが…。」
「ああ…?」
「私らも年を取りましたんで、来年3月の契約で終わりにさせて頂けたらと思いまして。」
「…そうでしたか。」