鬼麟
 罪悪感を滲ませる彼の口に、お詫びにとばかりに食べかけの林檎を近づけてやれば、ぱくりと食べてしまったのだから思わず笑みが零れる。穏やかさに安らぐのを確かに感じたのだ。

「ねぇ、私の制服とかは?」

「洗えるもんは洗ったし、制服はちゃんとハンガーに掛けておいたから」

 朝食を済ませ、着替えようとしたところに制服の所在を把握していないことに気付いた。
 彼は隣の部屋から畳まれた下着とともにハンガーに掛けられた制服を持って来て、手渡してくるのだからやはりお母さんなのではなかろうか。目は口ほどに物を言うとはなかなかその通りのようで、軽くチョップが脳天に落ちてきた。
 お兄ちゃんにしろと言う綾を置いて寝室へと入り、制服へと着替え始める。
 スウェットを脱ぎ、スカートを履いてからブラを着けて動きを止める。ふと背中の傷が少しだけ気になったのだ。
 手を伸ばして傷跡を辿ればそれに痛みはない。

「忘れちゃったのかも......」

 左肩から中央まで袈裟斬りのように斜めにあるそれは、あの時の光景を思い出させるには十分なはずなのに、痛みだけを忘れてしまっている。右手首の戒めとは違い、他者から受けたもの傷だというのに呆気ない。
 忌まわしい家で受けた、大嫌いな人からの贈り物なのだ。

「終わったか? って、なんて格好してんの」

 一向に出て来ないからか、綾がノックもなしに扉を開けて顔を覗かせた。私の格好を見るなり一瞬顔を赤くするが、背中の傷を見た彼の眉間に皺がよる。
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