鬼麟
 ずかずかと入って来たかと思えば眉尻を下げ、子犬のように擦り寄る様に可愛らしいと思ってしまう。

「ウィッグ、要るんだろ。......痛む?」

 受け取ったそれを見つめてから彼の顔を見ないように口を開く。

「痛くはないよ、もう痛くない。ただ思い出しちゃっただけだから」

 逸らしていた目を彼へと向ければ、申し訳なさそうにするものだから困ってしまう。

「どうせ昨日、暴れちゃったんでしょ?」

 でも、と首を振る彼の優しさが痛いのだ。重荷を背負わせたことも、消えてあげられないことも。
 募る罪悪感に潰れそうなのに、現実では死ぬことさえ簡単じゃないのだ。
 言葉にしようとして、綾の目がそれを言うなと止めるものだから、喉の奥から溢れ出たのは薄っぺらい感謝の言葉だけだった。
 いつまでもこうしているわけにはいかず、さっさと支度を済ませると、彼が送って行くと言うものだからお言葉に甘えることにする。ここから学校までの距離を考えれば断る理由がないのだ。
 甘えることに抵抗があるわけでないが、彼の場合引き下がることを知らないから、こちらが折れるしかない。よく私の扱いが分かっていると、心葉たちにも言われていた。
 それでもこれを最後にしようと毎度思ってしまうのは、どうしても拭えない罪悪感があるからだ。
 2人で乗り込んだのは軽自動車で、彼曰く知り合いのお姉さんから譲り受けたらしい。

「つまりお下がりか」

「お下がり言うな」

 事実を述べただけなのに口をとがらせる綾。
 走行音はさほどうるさくもなく、かと言って会話が続かないから耳にタイヤの音が響く。
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