鬼麟
 改めて考えてみると勝手にいなくなり、都合のいい時にだけ頼ってしまったという事実に後ろめたさが侵食する。それを自覚してしまえば楽しくお喋りなんてできるはずもなく、沈黙がじっとりと空気を重くする。
 所在をなくした視線を窓の外に投げてみても、胸の内を焼く不安感を払拭することはできない。
 嫌われる、嫌われたというどうしようもない考えが脳裏をゆっくりと蝕む。

「――棗」

 沈黙を先に破ったのは綾の方で、ゆるりと視線を向けると彼は前を向いたまま。少しだけ低くした声に重要な話だということはなんとなく分かった。
 ハンドルを握る手に力が増し、眉間には皺が入る。

「情報が、入ったんだ」

 彼の言葉が喉を震わせ、急速に体から熱が奪われていくような感覚に襲われる。
 なんの、などと訊く必要性はないくらいに、彼の表情はすべてを物語っていた。

「生きているんだ、......あの人は」

 綾の言葉が脳内を掻き混ぜるように響いた。

「......ど、こに? どこに、いるの?」

 やっとの思いで絞り出した声は枯れてしまいそうに細く、遠くに聞こえてまるで水中にいるようだった。
 早なる鼓動がうるさいくらいに頭を揺さぶって、今すぐにでも駆け出したい焦燥に駆られながら問う。
 赤信号で止まってから彼はこちらへと顔を向けて首を振る。
 まだ分かっていない、と苦虫を噛み潰したような表情は私を水中から引き上げるには十分だった。
 暴れ狂いそうになる憤りを抑えて私はそう、とだけ返す。他人事のように、何事もなかったかのように。
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