鬼麟
それからは口を開くことなく、窓の外を、過去を見ていればいつの間にか目的地についていた。
「ありがとう、綾」
お礼を言ってからドアを閉めれば、窓が開き綾は少し躊躇ってから笑った。
「いつでも頼っていいし、帰って来いよ」
その小さな優しさに救われると同時に、自身の惨めさが浮き彫りにされるような気持ちに目の奥が痛む。綾には知られたくないその感情を押し隠したまま、ちょっとだけ笑ってみせる。
「善処するよ」
「ん、その言葉だけでも上出来だよ。じゃあ俺は行くね」
「......ほんとに、ありがと」
「ああ、またな総長」
もうそれで呼ぶなと口にするのを見越して去って行く車を目で追いかけ、ようやく力が抜けるようにため息を吐いた。
綾の前であまり情けない姿を見せたくない気持ちと、また泣きじゃくってしまえば楽だったのかなという考えが入り交じり、喉の奥が苦くて堪らないのだ。
ままならない気持ちの悪さに気を取られ、正門前であることも忘れていた私には、誰かに見られていることが面倒くさいことへ繋がるのを失念していた。
「少しお話があるのですが、構いませんよね?」
教室に入るなりそう声を掛けてきたのは倖だった。待ち構えていたのだろう、狼嵐の幹部総出でお出迎えとは壮観だなと他人事のように感じる。
まさか昨日の今日で絡んでくるとは思わず、驚きに目を丸くしていれば彼は穏やかな微笑みのままに有無を言わさぬ眼光をチラつかせる。