鬼麟
 男とはいえ、未だに未発達な子供の半端な力では大人には敵わない。それを理解したのは初めて殴られた日だった。
 条件下の暴力は、次第に慢性化して日常になるのは早いものだった。
 女の力で殴られても痕は薄くすぐに消えるもので、ただ残されるのは痛みと恐怖だけ。
 目に映る世界が冷たくなっていくのを、同様に冷えていく目で見送るしかなかった。
 14歳になると母は家にいることがほとんどなくなり、かといって彼女が何をしているのかを気にしたこともなかった。ただ母がいない時だけがつかの間の安息となり、息苦しさが緩和されるのを自覚していたからだ。
 ある日、学校から帰ると母の靴があった。いつもならいないはずなのに、どうしているのかと恐怖に逃げ出したくなった。けれどどこにも行く宛てもなく、急いで自室に飛び込んで母が出て行くのを待つしかない。
 布団を被り、息を殺して痛みと恐怖に震える歯を噛み締めて抑える。
 布団を被っていたせいでいつの間にか寝ていたらしく、奇妙な音で意識が浮上した。微睡みに片足を入れたまま、視線を下へと落とすと人影が揺らいだ。
 次第にはっきりとしだす頭と、薄暗さに慣れた目が信じられないものを映して喉が引きつる。

「あら、起きたの」

 制服のまま寝ていた俺のズボンのベルトを外しながら、俺の顔を見て微笑む女――母の姿があった。
 混乱と恐怖はその光景を理解しようとするのを拒み、声も上げられずに見ていることしかできない。
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