鬼麟
「あなたはね、そっくりなのよ。体までそっくりで嬉しいわ」

 赤い唇が弧を描くのに不気味さを覚える。
 そのまま這い上がるように腹へと手を滑らせながら、蠱惑的に瞳を細めた女が馬乗りになって耳元へと囁く。

「あの人の模造品なんだものね。あなたには、それだけしか価値がないのよ」

 熱く蕩ける口振りに、冷たくて重たい言葉は諦めさせるには十分だった。
 たとえ今がどうであろうと、いつか前のように頭を撫でてくれるだろうと。優しいけれど、怒ると父よりも怖い母。でも抱き締めてくれる時はいつだって温かかった。
 だから、これも今だけだと思っていた。いや、信じていたのだ。戻って来ることを。
 我慢さえすればいいと、楽観的で自己中心的な希望を抱いていた。
 しかし、現実はそんなものでなかった。
 何も変わらず、果てには母親ですらない彼女は過去に縋るふしだらな女に成り下がった。
 ひどい脱力感に抵抗する気力さえ失せた俺に跨り、快楽に溺れる女をもう“母”には見えない。
 諦めさえすれば、現実を見なくて良かったのだと悟ったのはその時だった。
 そしてそれは1ヶ月以上も続いていた。
 未だに女から犯される日々には辟易としていたが、最近は少しだけ違っていた。
 俺の体で快楽に耽ったあと女は死んだように眠っているのをいいことに、こっそりと家を抜け出して街で遊び歩くようになったのだ。
 治安がもともと良くないこの街において、警察にバレて補導されることはよっぽどのヘマをしない限りないのだから都合が良かった。
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