鬼麟
「蒼くん、まーたお家抜け出してきたのー?」

「ほんとに悪い子だねぇ。でもベッドの上では良い子だもんねぇ?」

 吐き気を催すほどの香水の匂いを振りまく女たちは、俺の見目がお気に入りらしくていつも声をかけてくる。
 毎夜毎夜違う女と寝ていて、取り合いみたいになった日には3人ですることもあった。
 女たちが俺の下でよがって快楽に溺れて無力になっていく様を見て、俺はようやく安堵が出来たんだ。恐怖の対象を組み敷くことで、俺の方が優位にあると思い込むことで恐怖心を隠していた。
 その2ヶ月後くらいだったかな。
 母であった女は唐突に俺を捨てた。
 俺の中の母とはもう随分と変わってしまった彼女は、俺の頬を撫でると優しく微笑んだ。

「あなた、ちっともあの人と一緒じゃないのね」

 腹部に熱が走ったかと思えば、急速に体の外へと何かが流れていく。恐る恐る下へと視線を落とせば腹部には包丁が突き刺さっていて、流れていくのは赤黒い血だった。

「あ......」

 大きな失望感はどこかで未だ残っていた母への信頼が砕けた音で、それは悲しみと怒りに変わって目を熱くさせる。
 俺も父を失ったのが悲しかったのに、母は自分のことしか見えていない。父の分も俺が愛するから、俺のことも父と同じように愛して欲しかった。
 ただそれだけなのに。それだけのことすら出来ずに綻んだ日常は、もうどうしようもないほどに崩れていた。
 平然と俺のことを捨てる母の笑顔が何よりも痛くて、母さんと口にしようとも血だけが母に縋った。
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