鬼麟
 どうしたものかと思いつつ手を差し出せば、恐る恐る伸ばされた震える手。重ねられた手を引き上げて立たせ、よろめく彼女の腰を支えてやる。
 はだけた衣服を整え、徐々に収まった震えにもう大丈夫だろうと手を離す。彼女は視線を落としてからもう一度顔を上げ、そして今度は彼女から私の手を取った。

「あの、ありがとう。あなたのおかげで」

「お礼なら結構ですよ。私はうるさいのを片付けただけで、お姉さんを助けるつもりでしたわけではないので」

 正義感があって彼女に手を差し伸べたわけではなく、綾にがっかりされたくないから仕方なくしたことだ。本来であれば関わることなく見捨てていたであろうし、見逃してもいただろう。
 だからこそ私には感謝をすべきではないし、私もそれを受け取るべきではない。
 尚も感謝を告げる彼女の手をやんわりと払えば、私の右手首に目がいったらしく眉をひそめた。

「その血......さっきので怪我されたんですか?」

 心配そうに解けかけている包帯に手をかけようとするのを、私は触るなと低く制した。
 途端に肩を揺らして止まる彼女は、怯えながらもゆっくりと視線を上げる。
 自身の表情がどんなものであるかは想像に難くないが、震え出したところを見るに相当な顔をしていたらしい。
 面倒臭いと、零すわけにもいかずになんとか作り笑顔をする。

「もう落ち着いたみたいだし、1人で帰れますよね?」

 彼女ははくはくと口を動かして何かを言おうとするも、私がその続きを良しとしないことを悟ると頷いた。
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