鬼麟
 蒼の手が急に緩んだかと思うと視界がぐらりと揺れ、澄んでいたはずの色がちりちりと焦げている。
 こんなこと前にもあったが、それでも向けられる視線は以前とは違う。私に対する遠慮がないというか、被っていたものが剥げ落ちて除き見えるのは私にはないもの。
 突然押し倒されたことに呆気に取られていれば、蒼は私の喉に指を這わせて口角を上げた。

「俺、女遊びやめちゃったからさ〜」

 首筋を辿り、鎖骨をなぞる彼はゆったりと首を傾げる。

「ご無沙汰してた分、なっちゃんが埋めてよ」

「土に埋めてやろうか」

 蒼の誘いは地を這うような声によって塗り潰され、壊れたブリキのように固まった。背もたれ越しにこちらを見下ろす瞳にうっすらと怒りが滲んでおり、凄まじい眼光に蒼はオイル切れをおこしてるように首を回す。
 修人と目が合った蒼は凄い速さで私の上からどき、冷や汗を垂らしながら冗談に決まってるとからからと笑う。
 レオの宥める声に溜息を漏らし自身のソファへと腰掛け、それでもまだ不機嫌さが全身から滲み出ている。
 私も身を起こし、ちらりとその顔を窺うと目の下にはクマがある。いつもの優しい眼差しが鋭い原因はこれなのだろうかと彼は早々に横になり、あとで起こせとだけ告げて本当に寝てしまう。
 こちらに背を向けているから寝顔は見えないものの、こんなところでは疲れが取れるはずないのにと声を潜めて蒼に問う。

「寝不足なの?」

 鬼が静かになったことで胸を撫で下ろしていた蒼も、どこか疲れを帯びた声色で肩を落とす。
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