鬼麟
「倖の周りには信頼できる人たちがたくさんいるんだよ。それってすごく幸せで、だからこそそれを守るために頑張ったのは倖の優しいところだと思う」

 倖の肩は震えたままだが、彼の見上げた瞳は私を捉えて純粋な疑問を口にする。

「俺には、確かに大事な人たちがいます。知っています、俺の悩みなんてただの我儘ということも。でも、じゃあ、あなたは? 一番苦しいあなたは誰に頼るんですか? 俺たちに心なんて開いていないのに、どうしてあなたは――」

 自分を差し置くんですか、と。
 ぴたりと倖を撫でていた手が止まる。
 レオといい、倖といい、どうしてこうも人の本心にばかり触れたがるのか。踏み込まずにいれば平和な距離を保てるのに、その先を知りたがるのは理解し難い。
 私はただ曖昧に笑い、答えることを拒絶した。
 なおも食い下がろうとする倖は、私の変わらぬ意思に諦め、代わりに手を握る力が少し強くなる。

「俺が敬語を使う理由、言ってませんよね」

 離された手から徐々に熱が引いていく。
 背もたれに体を預けた彼は天井を見上げ、目を閉じて笑う。

「敬語なら、警戒レベルを下げられるって思ってたんですよ。強気に出る相手より、丁寧に見える相手の方がずっとやりづらいでしょう?」

 一理あるかもしれないと、相槌を打って返す。
 天井に向けられていた瞳が私へと向き、彼は私のよく知る人とよく似た顔で言う。

「やめようと思うんです、これ」
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