鬼麟
 そんなことはとっくに分かっていた、解っているのだ。けれど、私の犯した罪は重過ぎる。
 言い訳ばかりを浮かべては、それにこじつけて。卑怯者な私はすべてから目を逸らす。いや、閉ざしたのだ。

「と、思うんですよ。客観的に見ては」

 先生はそれまでの張り詰めていた雰囲気を緩める。

「でも“逃げ”が悪いなんて、思いませんよ。それが最良の手段である場合もありますし。まあ、何のことのない個人的な意見にしか留まりませんが。要は、誰かに頼ってみてはという提案をしたいのです」

 “頼る”とは、この人の言っている意味を理解できない。私ができることは遠ざけることであり、ましてや渦中に放り込むことではない。それを、本質的にこの人は理解してそれを口にしているのか。
 仮に、それを理解した上で言っているとしたら、なんて考えたくもない。
 黒く、濃い黒へと染まっていく思考に、足先から沈んでいく。

「頼るなんて、しません。絶対に。私は一人じゃないと、駄目だから」

 自身に言い聞かせるように呟き、先生を睨みつける。
 何を知っているのかなんて知らない。それはもうどうでもいいことだ。
 瞬きする度にチラつくのは、あの光景だ。それはまるで静止画のように、瞬間的に映っては、ゆっくりと時間を遡行していく。
 私は、静かに滲み出す。全力で、全快で、相手をただただ殺すという意思を示す。

「あなたがもし、無駄なことをするならば、私はあなたを潰す。――きっと殺しちゃう」

 私は、そういう女なのだから。そういう風になった人間なのだから。
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