鬼麟
 本気の、それこそ今すぐにでもその首を握り潰す様を思い描きながらの殺気に、彼は顔色を変えずにいる。そこで一つの疑問が、確定と確信を持って解消された。
 彼は恐らく、裏で生きる人だ。
 何の目的を持ち、何の役割を担ってここにいるのかは知らないが、一般人であったならばこうも涼しい顔をしていられるはずがない。
 私は踵を返し、下に落ちたままの本を拾うことなく通り過ぎる。
 関わるなと、言ったのに。苦虫を噛み潰したかのような気持ちに苛まれ、気分は最高に最悪だ。
 昨日の言葉は何も生徒だけでなく、先生への言葉でもあったというのに、どうしてこうも絡んでくるのか。私なりの境界線を、土足で踏み越えないで欲しい。
 飛び出た廊下の風通しの良さに、私の鬱憤も晴れないだろうかと、無為な期待を寄せた。





 肌から伝わる圧迫感に、頭から足の先まで何かに固定されたかのように動けなくなる。動けば殺られる。明確に言葉にされたわけでもないのに、脳がそう叫んではしきりに警鐘を鳴らしている。
 常人でも、僕らでも容易には出せない圧倒的質量を持つ殺気に、僕らは――辛うじて動いた視線だけで追うと、どうやらレオも同じようだ――たちまち縫い止められてしまった。
 クラスの大半もそこに縫い止められ、一切の行動を封じられる。最も、僕らのようにある程度そういったものに触れていないであろう彼らにとって、僕らでさえも動けないこれに対してどれくらいの圧力なのかは計り知れないが、酷なものであることはその表情から読み取れる。
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