鬼麟
「はーい、静かにして」

 雑多な声に掻き消されそうになる声を拾えば、そんな先生の声が耳に入る。この生徒達を纏めるには余りにも緩い声。そんなんで収まるのかと心配になる。
 が、途端に黒板を重く叩きつける音がそれを一変させる。

「静かにして下さい。今日は転校生もいるんですから、あんまり大きな声を上げさせないで下さいよ」

 敬語なのに節々には棘が混ざり、床に落ちたチョークがその衝撃を物語る。
 窓のない教室の中を探るのは容易で、覗けば皆一様になって、騒がしさのさの字もないように大人しくなっている。
 きっちりと椅子に座り、大袈裟なほど背筋を伸ばす者もちらほらと。恐らくあれは学力のみでこのクラスは配された者達なのだろう。
 先程の音により、廊下を彷徨く男達もそそくさと自身の教室へと帰って行く。

「最初からそうしてればいいんです」

 満足げににっこりと笑う先生と、幾人かの生徒の顔の強ばった様は対照的だった。
 その教室内の変わりように面白い、と思いつつも大人しく先生の言葉を待つ。

「さて、皆さんも知ってはいると思いますが、転校生の女の子ですよ。どうぞ、入って来て下さい」

 ここへ来て、私は自分の愚かさを思い出す。
 考える時間ならいくらでもあっただろうに、空白のそれは覚えていなかったとしか言いようがない。今更それを思い出したところで、数歩のこの距離の中即席で考えられることは、あまりにも拙過ぎる。
 何も自己紹介について考えていなかったのである。
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